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仙台高等裁判所 昭和35年(ネ)203号 判決

控訴人・附帯被控訴人(被告) 黒石市長

被控訴人・附帯控訴人(原告) 中村亀吉

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人が昭和三四年二月七日付で被控訴人を黒石市消防団長の職から罷免した処分ならびに控訴人が昭和三五年三月三日付で訴外棟方政春を黒石市消防団長に任命した処分は、いずれもこれを取消す。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の本件免職処分無効確認の訴を却下する。(予備的申立として)被控訴人の本件免職処分無効確認請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決ならびに本件控訴に附帯して請求を拡張し、「被控訴人が昭和三五年三月三日附で棟方政春を黒石市消防団長に任命した処分は無効であることを確認する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の陳述は、左記のほか原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。

被控訴代理人は、当審で拡張した請求の原因として、

控訴人は、昭和三五年三月三日黒石市消防団の推薦に基き棟方政春を黒石市消防団長に任命したが、控訴人のした本件解職処分が無効である以上右任命処分も当然無効なものである。

と述べ、

控訴代理人は、

一、本件免職処分無効確認の訴の却下を求める理由として、

(一)  本件のような公法上の当事者訴訟では、第一審被告は黒石市とすべきであり、黒石市長たる控訴人は当事者適格を有しないものである。

(二)  被控訴人は、昭和三二年七月一日に黒石市消防団長に就任したものである。ところで黒石市消防団規則第四条は黒石市消防団規則の一部を改正する規則(昭和三五年黒石市規則第一九号同年一〇月一日施行)によつて改正されたが、これにより黒石市消防団長の任期は従前四年であつたものが、三年に改められた。それ故かりに、本件罷免処分が無効としても、右改正の結果、被控訴人は、昭和三五年六月三〇日の経過とともに任期満了により黒石市消防団長の地位を失つたものであり、それに伴つて本件訴の利益を失つたものである。

(三)  控訴人は、黒石市消防団の推薦に基ずき、昭和三五年三月三日棟方政春を被控訴人の後任者として黒石市消防団長に任命した。右任命処分自体はもとより適法なものである。ところで消防団長は、地方公務員法上の特別職であつて、その任命方法は法定されており、かつ、一人制の法定機関であるから、かりに、控訴人が被控訴人を罷免した処分が無効であるとの判決が確定しても、それによつて棟方政春が黒石市消防団長の地位を失うものではない。そうとすれば、棟方政春が被控訴人の後任者として黒石市消防団長に任命されたことにより、その地位はふさがつてしまい、被控訴人はそれに復帰することができなくなつてしまつたわけであるから、被控訴人は本件訴の利益を失つたものである。

二、本案につき、

(一)  消防組織法は、消防団長と消防団員とを截然と区別して、各種の規定を設けている。任免についていえば同法第一五条の三第三項が「消防団長は、消防団員の推薦に基き、市町村長がこれを任命し、一定の事由により罷免する。」と規定し、同条の三第四項が「消防団長は、市町村長の承認を得て、消防団員を任命し、一定の事由により罷免する。」としている。それ故同法同条の二第三項の「消防団員の任命、給与、服務その他の事項は、常勤のものについては、地方公務員法の定めるところにより、非常勤のものについては市町村条例でこれを定める。」にいう消防団員には消防団長は含まれず、非常勤消防団員の任免等で同法に規定のないものは同条項により市町村条例で規定されることになるが、非常勤消防団長の任免については、条例で規定するまでもないのである。いうまでもなく普通地方公共団体は法令に違反しない限度でしか条例を制定することができないから、非常勤消防団長の任免につき、消防組織法が定めていることに違反したり制限したりする条例を定めることはできない。したがつて、市町村長は、消防組織法第一五条の三第三項に直接に基いて消防団長を罷免できるのであり、罷免事由を条例で規定していなければ非常勤消防団長を罷免できないとか、あるいはまた、条例で規定している罷免事由以外の事由ではこれを罷免できないということはない。このことは右条項が「一定の事由により罷免する」としているだけで、「条例の定める一定の事由により罷免する」としていないことに徴しても明らかというべきである。

それでは消防組織法第一五条の三第三項の消防団長罷免事由としての「一定の事由」とはいかなるものをいうのであろうか。これは要するに、消防団長の罷免を相当とする一定の事由であつて、地方公務員法第二八条所定の分限事由と同法第二九条所定の懲戒事由に相当する事由がそれに該当する。したがつて消防団長たるにふさわしい能力の欠如、勤務の不良、品位を傷ける非行等も当然右「一定の事由」になり得るのである。このことは消防組織法第一三条が一般職たる消防職員は「一定の事由」により罷免される旨規定しながら、同法第一五条により右消防職員の任免につき地方公務員法を適用することゝし、その結果右「一定の事由」には地方公務員法第二八条所定の分限事由と同法第二九条所定の懲戒事由の双方が含まれることになることゝ対比しても明らかである。そもそも罷免とは、その意に反して職を免ずることであつて、これを懲戒による免職に限定すべきなんらの根拠がない。もし消防組織法第一五条の三第二項にいう「一定の事由」を懲戒事由に限定するならば、非常勤の特別職である消防団長が一般職地方公務員よりも厚い身分保障を受けることになるが、そのようなことは地方公務員制度の根本建前に矛盾するものである。そうであればこそ消防組織法の主管官庁である国家消防本部(現在は自治省消防庁)では、消防団長の罷免には懲戒罷免と分限罷免の双方を含むものである旨、しかして条例に規定がなくとも消防団長を分限罷免できる旨を再度にわたつて通達しているのである。

黒石市消防団条例には消防団員の懲戒罷免についての規定があるが、それ以外の事由による罷免について定めるところがない。右条例の規定中消防団員の任免に関するものは、消防団長には適用がないのであるから、右懲戒罷免の規定も消防団長には適用がないのであるが、かりにそれが消防団長にも適用になるとしても、黒石市消防団条例は懲戒罷免以外の罷免を絶対に認めないという趣旨のものではなく、罷免に関しては本人に不名誉となる懲戒罷免についてだけその事由を列挙したに過ぎないのである。

しかして消防団長を罷免し得る「一定の事由」の存否の認定およびこれを罷免すべきか否かの決定については市町村長が相当に巾の広い裁量権を有するものであつて、右の認定、決定がその裁量権の範囲内にあるものと認められる以上は司法権といえどもそれに介入することは許されないものである。

(二)  被控訴人は、

(イ)  黒石市議会議員として控訴人の支持する現行の小選挙区制に反対し、大選挙区制の実現をはかるためその期成同盟会を組織して自らその会長となつて活動しているが、消防団の運営を右政治活動に利用している。

(ロ)  かねてから黒石市の常備消防機関の拡大強化の動きに反対し、消防団の現状維持確保に汲々としている。

(ハ)  消防団の運営に関し、上司の指揮命令に従わず、上下同僚との間の反目が絶えない。

(ニ)  そのほか控訴人の施政方針にことごとく反対して野党的立場をとつている。

右のような事実にして存在する以上、被控訴人を罷免すべきか否かは、控訴人がその裁量によつて決し得るところであり、また控訴人が被控訴人の懲戒事由として主張してきた事実にして存在する以上、被控訴人を懲戒罷免すべきか否かもこれまた控訴人がその裁量によつて決し得るところであつて、裁判所が右裁量の可否まで介入して判断するのは司法権の限界を逸脱するものである。なお裁判所が行政処分の適否を判断するに当つては当該処分のなされた理由や動機として表明されたものだけではなく、およそ処分時に存在した事実はすべて右判断の基礎とすべきものであるから、控訴人が被控訴人の懲戒事由として主張してきた事実も本件罷免処分の適否判断の基礎となり得るものであることは当然である。

(三)  かりに控訴人の前記裁量が当を失したものとしても、少くとも本件免職処分を目して重大かつ明白なかしあるものとして無効の評価を与えることは許されない。

と述べ、

被控訴代理人は、

1  控訴人の一の(一)の主張につき、

本件は被控訴人の黒石市消防団長の解職の無効確認を求める訴であり、無効確認の利益を有する者が原告たる被控訴人である以上、その相手方が黒石市であるとはたまた市長たる控訴人であるとを問うものではない。要は被控訴人の訴によりその無効確認の利益が保護されるかどうかであり、被控訴人の無効確認の利益は本訴で充分保護されるのである。したがつて黒石市を被告とする必要はなく控訴人は被告適格を有するのである。しかも控訴人の主張は、時機に後れた抗弁である。

2  控訴人の一の(二)の主張につき、

被控訴人は、昭和三六年六月三〇日まで黒石市消防団長に在職するものであり、このことは控訴人主張にかゝる黒石市消防団規則の一部を改正する規則の附則2によつて明白である。それ故控訴人の主張は過つている。

3  控訴人の一の(三)の主張につき、

すでに拡張請求の原因で述べたように、被控訴人に対する黒石市消防団長の解職が無効である以上、この解職を前提とする棟方政春に対する消防団長の任命は当然無効であるから、控訴人の主張は理由がない。

4  控訴人の二の主張につき、

消防団長が地方公務員法上の特別職であることは争う。そのほか控訴人の所論はすべて失当である。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、控訴人は、本件免職処分無効確認の訴の却下を求めるのでまずこれについて判断する。

(一)  まず、本件免職処分無効確認訴訟は、公法上の当事者訴訟であるから、控訴人はこれにつき被告適格を有しないとの控訴人の主張について判断するに、行政処分無効確認訴訟は、行政事件訴訟特例法第三条の規定の趣旨にしたがつて当該処分をした行政庁を被告としてこれを提起することができるものと解される(最高裁判所昭和二九年一月二二日第二小法廷判決最民集八巻一号一七二頁参照)。控訴人は本件免職処分をした行政庁である。したがつて控訴人は本件免職処分無効確認の訴についての被告適格を有するものであり、控訴人の主張は採り得ないものである。

(二)  つぎに被控訴人は、黒石市消防団長の任期を満了したから本件免職処分無効確認の訴の利益がなくなつたとの控訴人の主張について判断する。被控訴人が昭和三二年七月一日に黒石市消防団長に就任したことおよび右消防団長が非常勤の職員であることは当事者間に争いがない。しかして成立に争いのない乙第一〇号証、第一七号証によれば、黒石市長が消防組織法第一五条の二の規定によつて制定した黒石市消防団規則(昭和三〇年規則第七号同年七月一日)第四条には「団長、副団長、分団長、副分団長、部長、副部長及び班長の任期は四年とする。但し重任することを妨げない。」と規定していたが、同市長は昭和三五年八月三〇日黒石市消防団規則の一部を改正する規定(昭和三五年規則第一九号同年一〇月一日施行)を制定し、右改正規則の本則で前記黒石市消防団規則第四条中の「四年」を「三年」に改め、その附則2で「この規則施行の際現に在職する消防団長は、その任期の間改正後の規則第四条の規定にかゝわらず、引き続き在職するものとする。」と規定したことが認められる。ところで消防組織法第一五条の二第三項により非常勤の消防団員の任免についての事項は、市町村条例で定められるのであるが同条項にいう消防団員には同法第一五条の三第一項の規定からみて消防団長も含まれるものと解される。他方市町村長が同法第一五条の二によつて定めることができるのは、消防団の設置、区域および組織(以上第一項による)ならびに消防団員の訓練、礼式及び服制に関する事項(以上第四項による)に限られている。消防団員の任期は明らかに任免についての事項というべきである。そうすると黒石市消防団長の任期は黒石市条例で規定すべき事項であつて、黒石市長が規則で定めることのできる事項ではない。したがつて前記黒石市消防団規則第四条の任期の規定は黒石市長が消防組織法の規定に違反して制定したものとして無効といわなければならない。はたしてそうとすれば、黒石市消防団長については任期についての有効な定めがないことになり、したがつて被控訴人の任期満了を理由に被控訴人は本件免職処分無効確認の訴の利益がなくなつたとの控訴人の主張は失当である。

(三)  つぎに被控訴人の後任の黒石市消防団長が任命されたから、被控訴人には本件免職処分無効確認の訴の利益がなくなつたとの控訴人の主張について判断する。控訴人が昭和三五年三月三日黒石市消防団の推薦に基き、棟方政春を一人制機関である黒石市消防団長に任命したことは、当事者間に争いがない。しかしながら被控訴人の後任者が任命されたとしても、本件免職処分が判決によつて無効とされるかもしくは取消されるかすれば被控訴人は黒石市消防団長の地位にあることになり、その場合控訴人としては後任者の任命処分を取消さなければならぬものと解されるから(被控訴人が自ら進んで訴によつて右任命処分の効力を争い得ることはいうまでもなく、現に被控訴人は当審に至り本件訴訟で右処分の無効確認請求をなし、その結果右処分は本判決により取消されることになつた。後記三参照)被控訴人が本件免職処分無効確認の訴についての利益を有することは明白であり、控訴人の主張は採り得ない。

(四)  以上のとおりであるから本件免職処分無効確認の訴の却下を求める控訴人の申立は理由のないものである。

二、進んで本件免職処分の適否について判断する。

(一)  被控訴人が昭和三二年七月一日黒石市消防団長に就任したこと、右消防団長が非常勤の職であることはすでに述べた。しかして控訴人が消防組織法第一五条の三第二項により昭和三四年二月七日付で被控訴人の右消防団長の職を免ずる旨の辞令を発し、これを被控訴人に送達したことは当事者間に争いがない。

(二)  そこでまず一般に市町村長が、消防組織法(以下本項で単に条項のみをあげるときは消防組織法のそれを指すものとする)第一五条の三第二項によつて消防団長を罷免できるかどうかについて考察する。同条の三第二項は「消防団長は、消防団の推薦に基き、市町村長がこれを任命し、一定の事由により罷免する。」とし、第三項は「消防団長は、市町村長の承認を得て消防団員を任命し、一定の事由により罷免する。」として消防団長、消防団員の任免の大綱について規定している。他方第一五条の二第三項は「消防団員の任免・・・は常勤のものについては地方公務員法の定めるところにより、非常勤のものについては市町村条例でこれを定める。」とし、すでに述べたように同条項にいう消防団員には第一五条の三第一項の規定からみて消防団長も含むものと解される(以下消防団員というときは消防団長を含むものとする)。以上のような規定の相互関係からすれば、少くとも常勤の消防団員に関しては、第一五条の三第二、第三項にいう一定の事由が地方公務員法所定の罷免事由、すなわち同法第二八条所定の分限としての罷免事由と同法第二九条所定の懲戒罷免事由とを指すこと明らかであり(以下懲戒としてゞない罷免を分限罷免ということにする)、非常勤消防団員(以下消防団員というときは非常勤のものをいう)についても第一五条の三第二、第三項は「一定の事由」として、事の性質上分限罷免事由と懲戒罷免事由を予定し、かつ、それが第一五条の二第三項による市町村条例で規定されることを予定したものとみるのが相当である。分限罷免事由も右「一定の事由」で予定されていることは、例えば消防団員が心身の故障のためその職務を遂行できないのにそれをやめることをがえんぜず、そのため消防事務の遂行に支障を招くような場合を考えただけでも明らかである。したがつて市町村条例が消防団員の分限罷免事由や懲戒罷免事由について定めている場合は市町村長は条例によらなければ消防団長を罷免することはできないものと解される。しかしながら第一五条の三第二、第三項は、条例で罷免事由について定めていないときは消防団員を絶対に罷免できないとか、あるいは条例で罷免につき懲戒罷免事由だけしか定められていないときに分限罷免はできないとかいう趣旨までも定めたものと解することはできない。条例に消防団員の罷免事由として懲戒罷免の事由しか定めていない場合の消防団長の分限罷免については市町村長が第一五条の三第二項に直接則つてこれを行うことができるものと解するのが相当であり、その場合同条項にいう「一定の事由」とは、消防団長の罷免を相当とする一定の事由、もつと具体的にいえば消防団長を罷免しなければ市町村の消防事務遂行に支障を生ずるような事由を指すものと解するのが相当である。

第一五条の二第三項によつて制定された黒石市消防団条例(昭和三〇年黒石市条例第一三号同年七月一日施行、(乙第九号証))には消防団員の罷免事由としては懲戒による罷免事由が定められているだけで、分限罷免については定められていない。しかし同条例が消防団員の分限罷免を禁止している趣旨はうかゞわれない。

以上述べたところによると、控訴人は黒石市消防団長を懲戒罷免するのであれば、右条例の定めによらなければならないが、分限罷免するのであれば、第一五条の三第二項によつてこれを行なうことができるものといわなければならない。

なお市町村長が第一五条の三第二項により消防団長を分限罷免できる場合に、一定の事由たる事実を基礎にこれを分限罷免すべきかどうかについてある程度の裁量権を有するものであることは、市町村長が市町村の消防の管理者として責任を負う行政庁である以上当然であるが、消防団長は消防団の推薦によつて任命されるものであることや、消防組織法がその任免についての細目(任期、罷免の事由、その手続や効果その他)を条例で規定することを予定していることからすれば、市町村長の右裁量権の範囲はさほどに広いものと考えることはできない。

(三)  本件免職処分は、控訴人が消防組織法第一五条の三第二項によつてした分限罷免処分であることは弁論の全趣旨から明らかである。そこで控訴人の主張にかゝる控訴人が被控訴人の黒石市消防団長分限罷免の事由とした事実の存否について検討する。

(イ)  成立に争いのない乙第二ないし第五号証の各一、二、原審証人福士永一郎の証言、原審での控訴本人被控訴本人の各尋問結果を総合すると、黒石市は昭和二九年七月旧黒石町を中心に五ケ町村が合併して設置されたのであるが、被控訴人は右合併前は旧黒石町議会議員、合併後は黒石市議会議員の職にありながら兼ねて旧黒石町消防団長、黒石市黒石地区消防団長、黒石市消防団長に連続就任してきた者であり、昭和三三年七月一日執行された黒石市長選挙では当時市長であつた福士永一郎を支援し、右選挙に立候補した現市長高樋竹次郎(すなわち控訴人)に対し反対派の立場に立つたこと、控訴人は黒石市における市議会議員の選挙につき原則として合併前の旧町村区域を選挙区とする小選挙区制を可とし、昭和三三年一二月黒石市議会で右小選挙区制を定めた条例が制定されたが、かねて右選挙区の問題につき大選挙区制を可としていた被控訴人は、昭和三四年一月志を同じくする市議会議員らとはかつて大選挙区制実現期成同盟会なるものを結成して自らその会長となり、控訴人に右条例改正のための臨時市議会の招集請求をすることにしたり、広く一般市民有権者に呼びかけて右条例改正の直接請求のための署名運動を起したりし、その中心となつて活動していたことが認められる。しかしながら被控訴人が右のような活動をするにあたつて黒石市消防団の運営を政治的に利用したものと認めるに足りる証拠はない。

(ロ)  成立に争いのない乙第一四号証、第一三号証の二、乙第三号証の二および原審証人清藤三津郎、原審での控訴本人、被控訴本人の各供述によれば、被控訴人は、かねてから小都市での消防機関は常備消防機関と消防団との二本建てをとるべきであり、前者に重点を置くのが理想ではあつても、財政面を考慮して常備消防機関の増強を急ぐべきでないとの見解をとつているものであつて、前記町村合併直後の昭和二九年秋、市長の諮問機関として設けられた臨時消防委員会でも、委員の一人として常備消防機関の増強に反対し、そのため同委員会は言うに足るほどの消防機構改革案を市長に答申しなかつたこと、控訴人は市長就任以来黒石市の常備消防機関をできるだけ増強したいとの抱負を持つているものであつて、昭和三四年一月二一日同市消防機構改革についての諮問機関として臨時消防委員会を設け、被控訴人を含む一八名を委員に選任して右抱負の実現に乗り出したことが認められる。しかしながら被控訴人が消防団長として消防団の現状維持のみに汲々とし、常備消防機関の増強に故なく反対しているものと認めるに足りる証拠はない。

(ハ)  控訴人が消防団の運営に関し上司の指揮、命令に従わないとか、上下同僚との間の反目が絶えないとかいうことについては、これを認めるに足りる証拠がない。もつとも原審証人岡崎良雄、清藤三津郎、三国谷諒の各供述によれば、被控訴人は、多少気短かでわがままなところもあるようであり、昭和三三年三月三一日まで黒石市消防長兼消防署長をしていた岡崎良雄との間に多少感情的なあつれきがあつたことがうかがわれるが、これは強いて問題にするほどのものではなく、右認定を動かすには足りない。

(ニ)  以上のほかに被控訴人が控訴人の施政方針にことごとく反対していると認められる証拠はない。

以上認定したところによれば、控訴人が被控訴人の黒石市消防団長を罷免したのは、被控訴人が(イ)で認定したように大選挙区制実現期成同盟会による政治運動を積極的に推進したことおよび(ロ)で認定したように被控訴人が黒石市消防団長としてかねてから常備消防機関の増強に反対の見解を持つていたことによるものと認められるのであるが、被控訴人が前記のような政治運動をしたために黒石市の消防事務遂行に支障を招いたとか、あるいはそれを招くおそれがあつたとかいうような事情は少しもうかがうことができないし、また被控訴人が黒石市の常備消防機関の増強に反対の見解を持つていたがために黒石市の必要とする消防機構改革が妨げられる恐れがあつたものと認めるに足るほどの証拠もない。控訴本人は原審でこれと多少相反したことを述べているが、それは信用できない。

そうだとすると、控訴人が被控訴人の黒石市消防団長を罷免しなければならぬ相当の事由があつたとはいゝ難く、したがつて控訴人が以上認定した事実を基礎に消防組織法第一五条の三第二項を適用してした本件免職処分は控訴人に与えられた裁量権の範囲を逸脱したものとして違法である。しかし、右処分には、重大かつ明白なかしがあるものとは認めがたいので、これを当然無効のものということはできない。ところで、行政処分取消訴訟の出訴期間内に提起された行政処分無効確認請求は、その取消請求を含むものと解すべきところ、(最高裁判所昭和三三年九月九日第三小法廷判決、最民集一二巻一三号一九四六頁参照)本件罷免の辞令が昭和三四年二月七日被控訴人に送達されたことは先きに認定したところであり、本訴が同月二一日に提起されたことは記録上明らかであるから、本訴は取消訴訟の出訴期間内に提起されたものである。したがつて本件免職処分が取消さるべきものかどうかを判断しなければならないが、本件処分は前叙のとおり違法であるから、これを取消さなければならない。

(四)  控訴人は、かりに本件免職処分が消防組織法第一五条の三第二項による分限罷免として無効であつても、それは黒石市消防団条例第五、第六条による懲戒免職処分として適法であるから、その効力が維持されるべきものであると主張する。右主張については、消防組織法第一五条の三第二項による分限罷免としてなされた免職処分が無効な場合に果してそれが黒石市消防団条例第五、第六条による懲戒免職処分に転換され得るものかどうかが先決問題である。消防団長の罷免については、それが分限罷免であれ、懲戒罷免であれ、同一の行政庁である市町村長がその権限を有するものであることや、黒石市の場合黒石市消防団条例(乙第九号証)に消防団員(消防団長を含む)の分限罷免(これ自体についてすでに右条例が規定していないことはすでに述べたとおりである)についても、懲戒罷免についても、その手続や法的効果に関しなんの規定をも設けておらず、一見したところ差異がなさそうに見えることなどからみると、前記転換を認めてもよいのではないかとの感がないわけではない。しかし、そもそも消防団長に対する市町村長の懲戒処分なるものは、普通地方公共団体が地方公務員としての消防団長に対しその使用者として、すなわち特別権力関係における支配権者として有する権力に基ずき公務員関係での秩序を維持する目的で科する処罰たることを本質とし、その意味において分限処分とは全く異るものであるから、前記転換はこれを認めることができないものとするが正当と思われる。してみれば、控訴人が被控訴人の懲戒事由として主張する事実の存否の如きは、これを判断するまでもなく控訴人の前記主張は採ることができないものといわなければならない。

三、つぎに被控訴人が附帯控訴により当審で請求を拡張してなした任命処分無効確認の請求について判断する。右請求の対象とされる処分は、控訴人が昭和三五年三月三日黒石市消防団長の推薦に基ずき、棟方政春を黒石市消防団長に任命した処分であつてかかる処分のなされたことの当事者間に争いのないことはすでに述べたとおりである。しかしてすでに述べたように控訴人のなした被控訴人に対する黒石市消防団長免職処分が違法として取消を免れない以上、一人制機関たる右消防団長に重ねて別人を任命した前記処分も違法であることはいうまでもないが、右任命処分は、被控訴人に対する当然無効ではない免職処分を前提としてなされたものであるからこれを当然無効のものということはできない。しかし被控訴人が当審に前記請求を記載した「請求趣旨訂正の申立」と題する書面を提出したのは昭和三五年六月一三日であること記録上明らかであつて右請求も行政事件訴訟特例法第五条第一項所定の出訴期間内に提起されたものであるから右任命処分の取消請求をも含むものと解すべきであり、被控訴人としてその取消を求める利益を有することも当然であるから、前記任命処分もこれを取消さなければならない。

四、以上述べたとおりであるから、これに従つて原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して第一、二審ともすべて控訴人の負担として主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 石井義彦 宮崎富哉)

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